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いま「新しい韓国の文学」が面白い! vol.02 キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』

2020.12.02 19:07

  • #クオン
  • #韓国文学
目次

1.キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』書籍紹介

2.キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』

3.キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』レビュー

4.キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』評価

キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』書籍紹介

新しい韓国の文学シリーズを全部読もうと試みる当企画の第二弾はキム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』だ。

作品・著者情報
「新しい韓国文学シリーズ」第2作としてお届けするのは、若手作家キム・ジュンヒョクの短編集、言葉と音があふれだす8つの物語「楽器たちの図書館」。 「この短編集は、僕からみなさんへ贈る〈録音テープ〉です」
音の世界に魅せられて「楽器図書館プロジェクト」をはじめる表題作「楽器たちの図書館」をはじめ、ピアノ、CD、ラップ、DJなどさまざまな音が聴こえてくる短編小説8編を収録した、韓国の人気新鋭作家、キム・ジュンヒョクの短編集。 奇抜な想像力とユーモアあふれる作品で、韓国文学界でも独自の存在感を放つ作家、キム・ジュンヒョクの、これまでの韓国文学とはひと味もふた味もちがう、新しい感覚のポップな小説世界。
表題作の「楽器たちの図書館」は、2010年10月?3月、NHKのラジオ「まいにちハングル講座」応用編テキストとして学習者からも大好評で、この10月からは「アンコールまいにちハングル講座」で再放送がスタート。
CHEKCCORI BOOK HOUSEの本書籍のページより

キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』レビュー

本作は短編集であり、8本の短編が収録されている。その全てが音楽にまつわる内容だ(ひとつだけ例外はある)。 ひとつひとつの紹介を簡単にしたい。


自動ピアノ

主人公はプロのピアニストで、ある日偶然『ビート・ジェノヴェーゼの人生とピアノ』というドキュメンタリーを観る。 映画の中でビート氏は音楽は生じるものではなく消滅するものであり、この世界にある音を自分の身体の上で消滅させるのがピアニストの使命だと語っていた。 主人公はビート氏のその言説に反感を持っていたが、ある日偶然ビート氏に会う日が訪れる。


マニュアルジェネレーション

主人公はマニュアルを書く仕事をしている。彼の書くマニュアルはありきたりな取り扱い説明書というよりも、対象の本質を捉えたポエムに近い。 地球村プレイヤーというmp3プレイヤーのマニュアルを手掛けたことをきっかけに、彼のキャリアは思わぬ方向に進んでいく。


ビニール狂時代

主人公はプロのDJを目指してDJの専門学校に通っている。よく仲間のDJとレコードショップを漁りに行くが、ある日宝の山を掘り当てる。


楽器たちの図書館

表題作。楽器店で働くことになった主人公が楽器の分類方法の研究にのめり込んでいく。


ガラスの盾

就職活動の面接を常に一緒に受けに行く仲良し二人組。 ある日の面接で粘り強さを見せるために毛玉をほぐすパフォーマンスを披露しようとする。 その場では失敗するが帰りの電車では成功し、アーティストに間違われたことから彼らの人生は数奇な方向に進んでいく。


僕とB

CDショップで働く主人公。ある日捕まえた万引き犯にひょんなことからエレキギターを教わることになるが、電気アレルギーを発症してしまう。


無方向バス

主人公はある日突然実家の母が行方不明になったとの報を受ける。 実家に帰った主人公は、母がいつも実家の庭から見下ろしていたバスターミナルの掃除夫に、 彼女は「無方向バス」に乗って行ってしまったと告げられる。


拍子っぱずれのD

ライブプロデューサーの主人公は、ある日ライブ映像の中に高校の同級生、Dの姿を見つける。 Dにはリズム感がなく極度の音痴で高校の音楽祭を台無しにしたことがあり、映像の中でも一人だけ他の聴衆と違う動きをしていた。 その印象的な姿にDの姿をポスターに起用してしまうが、それを見つけたDから超人気グループ『ダブルダビング』のライブ企画をやらないかと数十年ぶりに連絡が入る。


八篇全てが面白かったが、特に無方向バスが印象に残った。他の七篇と違いこれだけは音楽を直接的に題材にしていない。しかし久しぶりに実家に帰った主人公が母が毎日眺めていたバスターミナルの眺め(バスが規則的に出ては入っていく)を改めて眺め、何十年も毎日それを眺め続け、不規則に現れる「無方向バス」に乗りたいという誘惑に抗えなかった母の気持ちに思いを馳せた時、そこには確かに無音であっても音楽があると思った。

マニュアルジェネレーションはmp3プレイヤーのマニュアルを作る人の話だし楽器たちの図書館の主人公は楽器を演奏することが出来ない。ガラスの盾もある音がモチーフとして象徴的に使われはするが、音を直接主題にした話ではない。だからこの短編は音楽としての音楽ではなく、人の人生に通奏低音として流れる何かを指して音楽と呼んでいるのかもしれない。


キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』オススメ度

5段階中5。めちゃくちゃ面白かった。短編集をここまで夢中になって読んだのはエトガル・ケレット『突然ノックの音が』以来かもしれない。 次に短編集を読みたいと思ったら、是非この本のことを思い出して欲しい。